
 |
第11部 |
|
 |
(5)ピラミッド成す病像 「過去」ではない胎内汚染
 |
|
ほっとはうすで月1回開かれる家族会。家族の高齢化や胎児性・小児性患者自身の症状悪化などが話題の中心だ=水俣市 |
水俣病の胎児性患者の周辺には、いまだ患者と認定されていない埋もれた同世代の存在がある。
二月二十五日午前十時。水俣市南福寺の九州新幹線高架下に建つプレハブに、水俣病の認定申請者でつくる水俣病被害者互助会の世話人たちが集まった。準備を進めている訴訟についての打ち合わせ。原告となるのは、四十~五十代を中心に三十人程度。既に提訴に踏み切ったほかの患者団体の原告に比べると、一世代ほど若い。
胎児性患者の存在は、それまで胎盤が毒物から胎児を守るとされていただけに、医学界に衝撃を与えた。しかも、その病像は後天性の患者とは異なっている。
会合で、事務局の谷洋一さん(58)は強調した。「皆さんは胎児性患者と同世代で、同じように胎内で汚染を受けた。感覚障害だけで水俣病と認めた関西訴訟最高栽判決の病像は、大人になって汚染を受けた人たちの病像を明らかにしたが、胎児性には当てはまらない部分もある。この点をどう証明していくか。この裁判の大きな課題であり、狙いでもある」
関西訴訟最高裁判決後、熊本、鹿児島両県の認定申請者は約五千人。そのうち、五十代以下が半数を占める。これまで声を上げてこなかった胎児性世代が救済を求め始めている。
さらには、メチル水銀の影響でこの世に生まれてくることができなかった多くの命があった。
医師の板井八重子さん(59)は一九七五(昭和五十)年、水俣病治療を目的に水俣市に設立された水俣診療所(現水俣協立病院)に赴任。そこで女性たちの妊娠歴を詳細に調べた。結果、驚くべきことが分かった。
流産や死産など異常妊娠の確率は通常10%程度とされていた。これに対し、不知火海がメチル水銀に濃厚に汚染された一九六〇~六四年当時、水俣病多発地区で20%前後に達した。長崎県の非汚染地域との比較でも、異常妊娠の多さが裏付けられた。
「胎児性患者よりひどい汚染を受け、生まれてくることすらできなかった命がたくさんあったんです」と板井さん。胎内汚染の被害は、流産や死産を頂点に、胎児性患者、同世代の被害者が重なるピラミッドを成しているという。
有害な水銀の除去は、世界的な課題でもある。今年二月五―九日、ケニアの首都ナイロビで国連環境計画(UNEP)の管理理事会が開かれた。その結果、「水銀による人への健康と環境への影響が地球規模で深刻化しており、国際連携による緊急かつ長期的な対応が必要」との認識で初めて一致した。
不知火海を見渡せる高台に建つ水俣市の国立水俣病総合研究センター(国水総研)。国際・総合研究部長を務める坂本峰至さん(52)は「メチル水銀は、胎児にこそ大きな影響を与える。だから、世界は胎内の微量汚染に警鐘を鳴らし、水銀削減へ動き始めている」と断言する。どんなふうに魚を食べれば、有益な成分を摂取しながらメチル水銀を抑えられるのか。国水総研も、県内の妊婦を対象に研究を始めた。
板井さんは「魚に含まれるメチル水銀だけではない。多くの環境ホルモンも胎内を汚染します。胎内汚染は過去のことではなく、現在を生きる誰もが関心を持つべき問題です。それは、未来を担う子どもたちを守ることにつながるのです」と訴える。(久間孝志)
熊本日日新聞2007年4月7日朝刊
|
|